「あんた、何してるのよ」
その日の夕方、勤務を終えた私は自宅マンションの前で声を上げた。
「お帰り」
マンションの入り口に立つのは、妹の梨華。「お帰りじゃないわよ。ここで何してるの?」
「お姉ちゃんを待っていたに決まってるでしょう」 はああ?「梨華、あんた今日は会社休んだんでしょう?それなのに、フラフラ出歩いてどうするのよ」
「よく知ってるわね」いかにもイヤそうな顔をした梨華がマンションに向かい、さも当然のように中へ入れろと言っている。
「そんな、いきなり来られても・・・」
困ったなあと、私は動きを止めた。
しかし幸いというか、渚は今夜当直でいない。
直接顔を合わせることはないのだが・・・「梨華、ちょっと片付けるから待ってなさい」
マンションに入りエレベーターを降りたところで、梨華を止めた。
しかし、
「いやよ。何で待つの?やましいことでもあるとか?」 意地悪な顔。 「別に、ないわよ」 としか言いようがないけれど・・・仕方ないなあ。ガチャッ。
鍵を空けて玄関へ入り、速攻で渚の靴を下駄箱に入れ、駆け足でキッチンリビングをチェック。ヨシッ。大丈夫だろう。
本当に、渚がきれい好きでよかった。
希望的観測は往々にして覆されるとも知らず、私は梨華を部屋へと通した。
「お姉ちゃんらしくない部屋ね」
「そう?」シンプルで物が少なくて、私の好みだと思うけれど。
「で、ここには誰と住んでるの?」
「・・・」 驚いて、絶句してしまった。無言のまま、「何でそう思うのよ?」って目で訴えた。
「だって、歯ブラシ」
そう言うと、浴室の方を指さす梨華。 ああ、忘れてた。「一体、どんな人なの?お姉ちゃんが同棲しようと思うくらいだから素敵な人なんでしょうね」
興味津々に聞いてくる。うー、一番知られてはいけない人に見つかった気がする。
「あんたに関係ないでしょう。大体、こういうときは見ない振りするものよ」
私は梨華を睨み付けた。一方梨華は、私の抗議など気にする様子もなく、意味ありげな視線を向けてくる。
「私もお姉ちゃんみたいに、一人暮らしがしたいなぁ」
梨華は4つ年下の妹。
甘えん坊で、わがままで、とっても個性的な子。 私が家を出たときはまだ中学生だったけれど、その頃から自由奔放だった。 学校も休みがちで、夜遅くまで帰ってこなくて両親を心配させる事も珍しくなかった。 でも、憎めないのよね。 小さい頃から、よく私をかばってくれたし。周りは、医学部に行き医者になった私や大樹をできた子で梨華を不出来な子なと言うけれど、決してそんなことはないと思う。
梨華の心の強さに、私はあこがれていた。 誰が何て言おうと自分の価値観しか信じない梨華のように生きられたらどんなに幸せだろうと、私はいつも羨ましかった。「ねえ、どうしてそんなに家を出たいの?」
私が聞くのも変だけれど、ここまで執着する理由を聞きたい。「アメリカに行きたいの」
「はあ?」 今度こそあきれ返ってしまった。「お金は?仕事はどうするの?」
「そんなもの、行ってから考えるわ。とりあえずの準備資金を貸してもらったら、後は向こうへ行って仕事を探す気よ」 「バカじゃないの?世間をなめすぎ」 やっぱりこの子は本当のバカかもしれない。 「そうかなあ」 言いながら梨華は持ってきたカバンから着替えを取り出す。やはり泊まっていく気みたいね。
「泊めるなんて言ってないわよ」
無駄と知りつつ、一応言ってみた。「同棲のこと、バラしてもいいの?」
ううっ。 「そんなこと言うと、2度とお小遣いあげないから」 「それは、ダメ。もう、お姉ちゃん意地悪言わないでよ」ほらこうやって、すぐにかわいい妹の顔になる。
「今夜だけ泊めるわ。明日病院に行ったら大樹に話すからね。それまでにどうするか考えなさい」
これが私にとっての最大限の譲歩。
梨華の家出に手を貸したなんて知れたら、大変な事になるんだから。 私にとばっちりが来ても困るのよ。朝。「うーん」ベットの中で背伸びをしてから隣を見ると、渚がいなかった。 サイドテーブルの上のスマホに手を伸ばし時刻を見ると、朝の7時。 出来ればもう少し眠りたいところだけれど・・・「樹里亜、ご飯出来たぞ」キッチンから聞こえた渚の声で、私も体を起こした。「痛っ」立ち上ろうとして、腰に痛みがはしった。 そういえば、昨日の夜久しぶりに・・・ あっ。 私、避妊の薬を飲んでない。 でも、今までだって大丈夫だったしね。 この時の私には間違いなく過信があった。寝室から出ると、リビングまでお味噌汁のいい匂いが漂っている。「おかずは納豆と目玉焼きしかないから」 「うん」出汁からとった手作りのお味噌汁があればそれで充分です。 私一人なら、菓子パンかシリアルで終わってるところだけど、なぜか渚はお味噌汁がないと納得しない。 きっと、毎朝出汁をとって味噌汁を作ってくれるお母さんに育てられたんだろう。 私には、無理だわ。「どうした?食べないの?」 「ううん。いただきます」ご飯だって高いお米を使っているわけではないのに、昨日のうちに研いでざるに上げてあったから、とってもふっくら美味しく炊けている。「いつも通り、美味しい」 「うん」 満足そうな渚。これだけこだわりのある人の奥さんになるのは、正直大変だと思う。プルル プルル 珍しく、朝から私の携帯が鳴った。 ん?急変かな? こんな時間にかかってくるのは、受け持ち患者の急変のことが多い。「もしもし、竹浦です」 『樹里亜?大樹だけど』 「どうしたの?」 『お前、本当にお見合いする気なのか?』 「いきなり何?」どう考えても、朝7時に電話する話とは思えない。『本当に付き合ってる人はいないのか?』 「・・・」嘘
3年前。東京の大学を卒業して地元に帰ってきた時、私はアルバイトで貯めたお金を頭金にして賃貸のマンションを借りた。 さっさとしないと大樹や父さんに止められるのが分かっていたから、2月のうちに引っ越しも終わらせた。そして、春4月を迎え勤務が始まって1週間ほどたった頃、ネットカフェの入り口で渚を見つけた。 顔に見覚えはあった。 同じ1年目の研修医で、あまり話さない静かな人だという印象。 財布を覗きながらネットカフェの前に立つその人に、私はつい声をかけてしまった。「あの?竹浦総合病院の研修医ですよね?」 「ええ?」 驚いた彼の手から、500円玉が道路に落ちた。ああああ。咄嗟に後を追ったけれど、500円玉は側溝の中に消えた。「ごめんなさい」 「いえ・・・」 「500円、弁償します」 「いいんです。どうせ・・・足りないし」 と、ネットカフェの看板を見る。1泊3000円。「ここに、泊まってるんですか?」 「まあ」 「ドクターですよね?」 「まだ給料もらってないから。それに、実家から勘当されたんです」 はあ・・・ なんだか、事情がありそう。「よかったら、家に来ます?」 なぜか、口をついて出ていた。驚きで口を開けたままの彼の手を取り、私は自宅マンションに連れ帰った。マンションに帰り、リビングのソファーに座りながら、 「あの、名前を教えていただけますか?」 その時まで、私は彼の名前すら知らなかった。「高橋渚です。千葉大学の医学部を今年卒業した24歳。この春から竹浦総合病院で研修医1年目です」 まるで職場の自己紹介みたい。 「私は、」 「知ってます」 自己紹介しようとして、渚に遮られた。 「竹浦総合病院のお嬢さん。有名ですよ」何か、嫌な感じ。 泊めてあげようとしているのに、怒っているみたいで・・・感じが悪い。
夜になって、私はマンションへ帰宅した。「ただいま」「お帰り」遠くの方から声がする。ん?部屋の中を見回し、バルコニーで渚を見つけた。「ここにいたのね」「ああ」ビール片手にポテチをテーブルに広げ、渚は座っていた。「なぎさー」「どうした?また、何か言われた?」いきなり抱きついて泣き出した私の背中を、渚がポンポンと叩く。「お見合いを、することになった」「え?」やはり、驚いている。そうだよね。今こうして、一緒に暮らしている人がいるのにお見合いなんて、非常識だと思う。「どうしよう?」別に何を期待して言った言葉でもなかった。ただ困ったなあと、それだけの気持ちだったのに、「ごめん。悪いけれど、俺には止めてやれないよ。一緒にいたいとは思うけれど、結婚は考えられない」ハッキリと言われた。私は別に、結婚を迫ったつもりは全くない。そうか、それは大変だったねと言って欲しかっただけなのに。「もういい。私だって、渚と結婚したい訳じゃない」体を起こした私は、拳で渚の胸板を叩くと、憎まれ口を言ってしまった。「そんなに怒るな。樹里亜が嫌いだって言ったわけじゃない。ただ、結婚は誰とも考えられない。俺にも事情があるんだよ」寂しそうに、ビールを流し込む。そう言えば、渚は家族や両親の話をしたがらない。大学卒業時に進路のことでもめて、絶縁状態だとしか私も知らない。その後、渚が持ってきてくれたビールを受け取り私もバルコニーの椅子に座った。「怒ってごめん。でも、私もあなたに結婚を迫ったつもりはない。ただ愚痴りたかっただけなの」「うん。分かっている。それに、俺は同棲しているってことを隠す必要は無いと思っている。でも、結婚は考えられない。出て行って欲しいならいつでも言ってくれ」建物に囲まれているにしては綺麗な星空を眺めながら、渚は穏やかな
6月最初の日曜日。私は久しぶりに実家に帰った。「こんにちは」「あら、お帰りなさい」声だけかけて勝手に上がると、妹の梨華が顔を出した。「ただいま。皆さんお揃い?」「うん。おじさんもおばさん達も今いらしたところ」そうかぁ。なんだか、嫌だな。私はこの家の親戚達がとてもとても苦手なのだ。「樹里亜なの?」「はい。ただいま帰りました」母さんの声に反応して、私は客間の戸を開けた。「こんにちは」和室の客間に集まった親戚達に膝をついて挨拶したものの、顔が強張っているのが自分でもわかる。「樹里亜ちゃん久しぶりね」「はい。失礼してばかりで、すみません」「いいのよ。別に」その言葉に棘があると感じるのは、私の思い違いだろうか?今日は祖父の17回忌法事。小さい頃かわいがってもらった祖父だけに、来ないわけにはいかなかった。でも・・・「奥様、お茶をお出ししてもよろしいですか?」「ええ、お願いします」お手伝いの雪さんが母さんに声を掛けたタイミングで、私も台所へとついて出た。「樹里亜さん、どうぞあちらにいらしてください。ここは私達で大丈夫ですから」「うん」分かってはいるけれど、あちらの席は居心地が悪い。それから母が呼びに来るまで、私は台所に逃げ出していた。法事が始まると、私は部屋の一番後ろに座った。読経が響き、線香の香りが立ちこめる中、ただひたすらに手を合わせた。法要は1時間ほどで終わり、その後は宴席となった。料亭から届いた料理を前に、みなお酒が進んでいく。「ねえ、樹里亜は結婚しないの?」おばさんが母に聞いている。「まだ、早いんじゃないですか?最近はみんな遅いし」「そんなこと言ってると、このままうちの墓に入ることになりかねないわよ」きっと、私聞こえているのは
プププ プププ昼休みの時間にPHSが鳴った。「はい、救命科竹浦です」「大樹だけど」ああ。「お前、ちょっと時間ある?」「何?」普段から後ろめたい思いがある私は、つい身構えてしまう。「今どこ?」「食堂だけど・・・」「1人?」「うん」一体何なんだ。「行くから、待っててくれ」「えっ、いや。用事があるなら、私が医局へ行くわよ」「いいんだ。俺もちょうど昼食を摂るところだったから」「ああ、そう」と電話を切ったものの、大樹といると目立つのよね「お待たせ」しばらくして、大樹が現れた。「何?どうしたの?」「うん、母さんの検査結果がよくないんだ」え?「そんなに悪いの?」「緊急ではないけれど、1度入院して治療した方がいいだろう」「そんなに・・・」母さんは再生不良貧血という血液の病気を持っている。重症ではないが、通院と投薬は続けなくてはならない。「ところで、お前は大丈夫なの?」チラッと、大樹が私を見る。うっ、「検査はしてる?」「う、うん」実は私も同じ病気。体調が悪くなると血小板の数値が落ちて、血が止まりにくくなる。「無理するなよ」「うん」そういえば、昔から私と母さんは同じタイミングで寝込むことがよくあった。さすが親子というか・・・血も繋がっていないのに。「帰れないんなら、せめて休みの日には顔を出せ。父さんも母さんも待ってるはずだから」「はい」長男として、兄として、大樹はみんなに気を遣う。いい人過ぎて疲れないんだろうかと、心配にもなる。大事に育ててもらった娘のくせに、私は何できないことが申し訳ない。その日の午後、私はヘリの担当だった。依
翌日、病院に出勤した私は真っ直ぐに大樹の医局を訪ねた。トントン。「どうぞ」声を聞いてからドアを開ける。「おはよう」「ああ、おはよう。朝からどうした?」「あの・・・梨華のことだけど・・・」大樹の顔つきが変わった。ジーッと見つめられると、言葉が続かない。「梨華がどうした?」「実は昨日うちのマンションに来て、泊まっていったの」「何で連絡しないんだ」やはりそうきたか。「ごめん」「父さんも母さんも心配してたんだぞ。昨日のうちに一言言えよ」「だから、ごめん」何で、梨華のせいで私が叱られているんだろう。「まあ、さっき母さんから梨華が帰ってきたって連絡があったけどな」「はあぁ」私はポカンと口を空けてしまった。「あのね大樹。梨華をあまり叱らないで」つい言ってしまった。大樹が梨華や私を心配してくれているのはよく分かっている。ありがたいとも思っているけれど、少し過干渉ぎみ。「いい加減、お前も帰ってこないのか?」また・・・「ごめん」「ごめんばっかりだなあ」「・・・」大樹は肩をポンッと叩いて、「母さんも父さんももう若くはない。お前が嫁に行く前に、もう一度一緒に暮らしたいと思ってるんだ。分かってやれ」ごめん、兄さん。梨華みたいな妹だけでも大変なのに、私みたいな意固地な妹までいて、きっと苦労が絶えないよね。「ごめんなさい」「まあ、急いでもしょうがないから。ちゃんと考えてくれ」いつもの優しい顔になって、大樹が笑った。優しくて、厳しくて、頼れる存在。いつまでたっても、大樹はいい兄さんだ。***考え事をしていた私は、廊下で渚にぶつかりそうになった。「おい、どうした?」「あ、ごめん」
「あんた、何してるのよ」その日の夕方、勤務を終えた私は自宅マンションの前で声を上げた。「お帰り」マンションの入り口に立つのは、妹の梨華。「お帰りじゃないわよ。ここで何してるの?」「お姉ちゃんを待っていたに決まってるでしょう」はああ?「梨華、あんた今日は会社休んだんでしょう?それなのに、フラフラ出歩いてどうするのよ」「よく知ってるわね」いかにもイヤそうな顔をした梨華がマンションに向かい、さも当然のように中へ入れろと言っている。「そんな、いきなり来られても・・・」困ったなあと、私は動きを止めた。しかし幸いというか、渚は今夜当直でいない。直接顔を合わせることはないのだが・・・「梨華、ちょっと片付けるから待ってなさい」マンションに入りエレベーターを降りたところで、梨華を止めた。しかし、「いやよ。何で待つの?やましいことでもあるとか?」意地悪な顔。「別に、ないわよ」としか言いようがないけれど・・・仕方ないなあ。ガチャッ。鍵を空けて玄関へ入り、速攻で渚の靴を下駄箱に入れ、駆け足でキッチンリビングをチェック。ヨシッ。大丈夫だろう。本当に、渚がきれい好きでよかった。希望的観測は往々にして覆されるとも知らず、私は梨華を部屋へと通した。「お姉ちゃんらしくない部屋ね」「そう?」シンプルで物が少なくて、私の好みだと思うけれど。「で、ここには誰と住んでるの?」「・・・」驚いて、絶句してしまった。無言のまま、「何でそう思うのよ?」って目で訴えた。「だって、歯ブラシ」そう言うと、浴室の方を指さす梨華。ああ、忘れてた。「一体、どんな人なの?お姉ちゃんが同棲しようと思うくらいだから素敵な人なんでしょうね」興味津々に聞いてくる。うー、一番知られてはいけない人に見
「樹里亜、こっちよ」病院の社員食堂で、母が手を振る。はいはい。幾分駆け足になりながら、窓際の席に駆け寄った。「ごめん。お待たせ」急患で、約束の時間を20分ほど遅れてしまった。「いいのよ、仕事でしょ。日替わりのランチを頼んだけど、よかった?」「うん」すでに、テーブルにランチが並んでいる。母と食事なんて、久しぶり。「どうかしたの?」母が急に呼び出すなんて珍しい。「たまたまこっちの方に出かける用事があったから。それに、あなたの顔も久しく見てないし」ウッ、痛い一言。「なかなか帰れなくて、すみません」嫌みっぽく言ってしまった。「別に、仕事だから仕方ないけれど、たまには会いたいわ」おっとり型の母は私の言葉を気にする風もなく言うけれど、逆に私の心が痛んでしまう。私だって、母が嫌いなわけじゃない。でも色々と複雑な事情があるから、なかなか素直にはなれない。「で、家の方は変わりないの?」話の流れを変えてみようと何気なく聞いたのに、突然母が箸を置いた。「何、どうしたの?」何かあるんだなと感じた私は母を見た。「昨日、梨華が酔っ払って帰ってきてね、玄関で大騒ぎしたものだからお父さんが怒って・・・」「それで?」「お父さんは怒鳴り散らすし、梨華は玄関で泣き出すし・・・もう大変だったわ」ははは。思わず笑ってしまった。「笑い事じゃないのよ」「ごめんごめん」でも、いかにも梨華らしいな。「それで、梨華はどうしてるの?」「今日は二日酔いで仕事を休んだわ」はぁー。母さんが溜息をつく。妹の梨華は小さい頃から勉強嫌い、いかにも末っ子のわがまま娘。今春地元の大学を卒業して今はこの病院で父の秘書をしているのだが、新入社員のくせに体調不良を理由にしてちょくちょく欠勤しているらしい。「困ったもの
自宅に帰り、そのまま寝室のベットに直行。倒れ込むと同時にすぐに眠ってしまったお陰で、夕方には頭痛も発熱も治まった。午後8時。真っ暗な部屋で、ゴソゴソと起き出して夕食を作る。とは言っても、魚を焼いたり、味噌汁を作ったり。時間があればサラダも作ろうかなと冷蔵庫を覗いていると、ガチャン。玄関が開いた。「ただいま」それは、とても不機嫌そうな声。「お帰りなさい」無理して明るく言ってみたのに、「ちょっと座って」私に視線を送ることもなく、キッチンを通り過ぎてリビングのソファーに座る。「でも今、夕食を作ってるし・・・」「いいから、座って」再び言われ、私は火を止めてリビングへ向かった。「体調は?」えっ、「う、うん。大丈夫」「熱は?」「37度だったかな。本当に大丈夫だから。心配かけてごめんね」素直に謝ったのに、ジーッと私を見つめる視線。「昨日はどこに泊まったの?」「・・・」シーンと静まりかえった部屋。「樹里?」「・・・ごめん」それしか言えない。「樹里っ」低い声で、強い口調。うわー、怒ってる。「樹里、言えよ」そう言われても・・・しばらく、無言が続いた。いくら何でも、公園のベンチで寝てしまったなんて言えない。言えるわけがない。「もういい」彼が携帯を手に立ち上がる。「誰にかけるの?」「脳外の竹浦先生」えええー、大樹?「馬鹿な事しないで。そんな事したら、あなたが困るのよ」私は叫んでしまった。大樹に同棲がバレたら私はすぐに実家に連れ戻されるし、大樹の逆鱗に触れたあなただってどんな目なわされるか、考えただけでも恐ろしい。「あなたは、私との生活が終わっての平気なの?